このLOVEHEARTS STORYは、院長池田優子が、その生い立ちから医師としての道を歩むまでの紆余曲折の半生を、ノンフィクションライターが綴ったものです。 2002年に発刊された本ですが、多くの女性に勇気を差し上げることができればと思い、ここに掲載させていただきます。

出発

「先日、新しい美を提案してゆくために力を貸していただけるクリニックスタッフを募集しました。
約60人もの方々にお集まりいただき、説明会を開きました。
それぞれにお話をうかがいましたが、クリニックで働くことに強い情熱を持っている方ばかりで感動しました。
ハッキリ言って、全員いっしょに働いてほしいと思ったのですが、さすがに60人はクリニックに入りませんので......(笑)。
本当に残念でしたが、一般教養の試験と3度にわたる面接を重ね、最終的に経営スタッフ全員が集まって選考会を開き、1/10程度まで絞らせていただきました。
きわめてレベルの高い選考会でしたので、残っていただいたスタッフの方々とともに、これからどんなことができるのか楽しみでなりません。
スタッフの方々にはごく基本的な3つの約束をしていただきました。
●人に会ったらあいさつをする
●天使になって患者様に尽くす
●怒らず働く
池田ゆう子クリニックでは、患者様に愛を与えることを第一に考える。
スタッフの方々にもその趣旨をよくわかっていただけたと思います。
すばらしい看護スタッフに恵まれ、最高のすべり出しになりました」
オープンの準備が整ったクリニックにふらりと池田を訪ねた。
JR渋谷駅をハチ公口から出て、線路沿いに歩く。
若者たちがタワーレコード前で立ち話をしている。
陽気な春休みの雰囲気に足を止め、目の前にあるビルを見上げると、取材中に池田がこだわりを語ってくれた『池田ゆう子クリニック』の斬新なロゴが目に入った。
ビルの8階。エレベーターの扉が開き、1歩前に踏み出すと、そこにはビルの外観からは想像もできない空間が広がっていた。
ホワイト、シルバー、そして池田のフェイバリットカラーであるディオールピンク。
ほぼ3色で統一された院内は、病院というよりむしろ、マンハッタンあたりのインターネットカフェを思わせる。
昼食にでも出たのか、人の気配がしない。とりあえず、院内を歩き回ってみることにした。
なにもかもが真新しい院内だが、よく見ると、待合室のテーブルは奥深いデザインのアンティークだったりする。
新しいだけでも、古いだけでも満足できない、池田の性格をよく表していると思う。
窓際のほうに足を向けた。3月の柔らかい日の光が降り注ぐ部屋。
窓から眼下に目をやると、線路をはさんで向こう側に、まだ冬枯れの宮下公園。
春休みの子どもたちがサッカーボールで遊んでいる。
さらに奥の部屋に入ろうとしたとき、突然人の気配を感じた。
「先生、いたんだ。誰もいないかと思った。勝手に院内見学させてもらいましたよ」
池田は1番奥にある院長室で、物音もたてずに本を読んでいたのだった。
彼女が手にしている古びた本は、『ジェイン・エア』。シャーロット・ブロンテの傑作だ。
「久しぶりに読みたくなって。もう4回くらいは読んだかな。1番最近読んだのは、父が亡くなったときです。
ジェインは孤児であり、わたしなら耐えられないほどの苦しい人生を歩むのですが、どんなことがあっても、純粋で美しいままなんです。
それに、ジェインをつねに導く青年セント・ジョンに、父の姿を重ねずにはいられないんです」
かくいうわたしも『ジェイン・エア』を愛読していた時期があった。
ジェインの生き方がわたしたちに提示してくれるものはとてもシンプルだ。それは、「情熱」。
類まれに純粋で、憎むときも、愛するときも、つねに全力で突き進むジェインという人間の姿にわたしたちは心を動かされる。
池田は「人は人を愛するために生まれてきたんだ」と、よく口にする。
池田がこの本の発刊を、父の命日である4月13日にこだわったのも、愛する人への強い思いからなのであろう。
彼女のひたむきな生き方、まっすぐで飾らない人との接し方を見ていると、それこそジェイン・エアを思いださずにはいられない。
池田は窓の外を見つめている。公園の向こうの歩道には、人々がせわしなく行き交っている。
あの雑踏のなかに、これから池田と出会う人がいるのかもしれない。
今は見知らぬその人に、彼女はまた身を乗り出して熱い想いを語るのだろうか。
人は人を愛するために生まれてきたのだ、そして何よりも愛されるために生まれてきたのだ、と。