このLOVEHEARTS STORYは、院長池田優子が、その生い立ちから医師としての道を歩むまでの紆余曲折の半生を、ノンフィクションライターが綴ったものです。 2002年に発刊された本ですが、多くの女性に勇気を差し上げることができればと思い、ここに掲載させていただきます。

果菜子が立った!

鬼怒川での逗留生活も1ヶ月を過ぎたころ、母親から朗報が入る。
「母の実家は埼玉県にあり、敷地内でマンションを経営していたのですが、そのマンションの部屋が一室空いたんです。
実家には小さいころからわたしをかわいがってくれた祖母も住んでいましたので、そちらに移ることにしました。
山の中の温泉街でいくらかリフレッシュできたとはいえ、まだまだ空虚な感じが残っていました。
『心のなかにポッカリ穴があいた』という表現が近いかもしれません。
なにを見てもまるで絵はがきを見るような感覚で、ときどき堰を切ったように悲しみがあふれてくる始末。
のちに精神科で学んだのですが、このような状態を"離人症"というらしいんです。
夫との関係はハッキリさせねばと思っていましたが、なかなか青山まで出て行く気にもなりません。
そうこうしているうちに5月も過ぎ、マンションの部屋から見える、目抜き通りの緑もすっかり深く染まったころ。
果菜子がはじめて2本足だけで立ったんです。
久しぶりに本当の喜びに触れたような気がしました。
鬼怒川にいたころは歩行器を使っていた果菜子が、あっという間に自分の力で立てるようになった......
青山のビルを飛び出したのはつい最近のように思っていたのに4本足ではっていた赤子が2本足で立てるようになるだけの時間が過ぎていたんだ。
自分がただただ悲しみに浸っているあいだに、娘はしっかりと成長してくれていた。
わたしはこの数ヶ月なにをやっていたんだろう......頭を思い切り殴られたようなショックを受けました。
翌日、昔よく相談に乗ってもらっていた日大時代の男友達に電話を入れました。
頭の中はきちんとまとまっていなかったのですが、話しているうちになにか見えてくるかもしれないと思い、迷わず受話器を取りました。
わたし離婚を考えているの、彼にそう告げました。
でも、予想に反して彼は、もう1度だけ話しあってごらんよ、とだけ、言いました。
なぜ? 話すことなんかもうなにもないじゃないの......
いつもなら1度決めたら突っ走るわたしですが、なぜかそのときばかりは友人の助言を受け入れ、もう1度だけ夫と話をすることにしました。それと同時に、ひとつの大きな覚悟を決めたんです」