このLOVEHEARTS STORYは、院長池田優子が、その生い立ちから医師としての道を歩むまでの紆余曲折の半生を、ノンフィクションライターが綴ったものです。 2002年に発刊された本ですが、多くの女性に勇気を差し上げることができればと思い、ここに掲載させていただきます。

嵐の翌日

「僕は少なくとも選ぶつもりだ―――ぼくがもっとも愛している人を」
(C・ブロンテ『ジェイン・エア』、中央公論社)

結婚生活で蓄積されたすべての怒りと悲しみを涙と叫びに変えて出し切った池田。
『涙のあとには喜びの明日が待っているさ』
 しかし、人生は映画のセリフのようには進まなかった。
「翌日、玄関前の惨状を目にした義母が古河の実家に電話をかけたようで、母がやって来ました。
母の姿を見た瞬間、抑えていた涙がまたあふれそうになりました。
母はなにが起こったのかいまだによく把握できてない様子。
あの悪夢について説明しなければいけないかと思うと、母に泣きつくことさえためらわれました。
義母がどういう行動に出るか不安でなりませんでしたが、
母に聞くと『とにかく両家ともよく話し合ったほうがよい』から、親族会議を開くことになったとのことでした。
そもそもわたしの両親は、結婚当初から義父夫婦に頭が上がりませんでした。
わたしもそれを十分承知していたので、よく話し合ったところで無駄だとは思っていましたが、
仕方なく親族会議に参加したんです。
その日は仲人さんもいらっしゃいました。
彼らはわたしをキラー通りのビルから解放してあげたほうがよいと主張したのですが、
義父が反対して1歩も譲らないのです。それも仕方のないことでした。
義父からすれば、
『あのビルは息子のために立てたも同然なのに、息子夫婦が別居しては世間様に顔向けできない』わけです。
話し合いは長時間におよびましたが、堂々巡りを繰り返すばかり。
予想通り、なんの実も結ばないまま、打ち切りになりました。
とりあえずのところはわたしが果菜子を引き取り、しばらく古河の実家に帰ることにしました。
どうしようもないくらいみじめだったけど、
古河までの車のなかで、はじめてそれまでの結婚生活を冷静に振り返ることが出来た気がします。
真新しい壁やカガミを拭きながら、『なんでこんなことばかりしてるんだろう』なんて空しさを感じていたのに、
物質的な幸福について考えることでその思いをごまかしていたこと。
夫の人間関係は、頭が切れて器が大きい義姉の紹介によるものが多く、
主体性がない夫に対して頼りなく思っていたこと。
結局自分の力ではなにもしようとしなかったこと......。
考えれば考えるほど、我慢を重ねてばかりだったわりには空しい結婚生活だったことに気づかされました。」