このLOVEHEARTS STORYは、院長池田優子が、その生い立ちから医師としての道を歩むまでの紆余曲折の半生を、ノンフィクションライターが綴ったものです。 2002年に発刊された本ですが、多くの女性に勇気を差し上げることができればと思い、ここに掲載させていただきます。

出会い

結局、池田は就職をする気もないまま卒業の日を迎える。
生活費を稼ごうという気はなかったのだろうか。
「ぜーんぜん。就職の『し』の字も思い浮かびませんでした。
卒業したら早く結婚しなくちゃ、ということだけ考えてました。
なぜかわかりませんけど。卒業してからは、親のすねをかじってアルバイトもせず、花嫁修業を始めたんです。
手はじめは『明治屋クッキングスクール』。週1回、京橋に通いました。
中華料理から西洋料理まで、料理の基本を学びましたね。
それだけでは飽きたらず、三越会館で開かれていた『赤堀料理学園』にも週1回通っていました。
赤堀学園は日本で最初にできた料理学校です。
さらにもう1つ、『東京會舘クッキングスクール』にも週1回通うことにしました。
式場附属のクッキングスクールですから西洋料理に強く、フランス料理を学ぼうと思って通いました。
週3回も料理教室に通っていたことになりますが、当時は結婚しか見えていなかったので、
なんの苦にもなりませんでした」
"花嫁修業"のために3つも料理学校に通うとは、あいかわらず極端な人生だ。
なんでも徹底してやらなくては気が済まない性格が、
彼女の人生に良い影響をもたらしてきたことは否定すべくもないが、
変化が激しすぎて並みの男性ではとうていついていけない。
ところが男女の仲はわからないもの。
大学卒業から1年半後、28回目のお見合いにして、とうとう理想の男性があらわれる。
「初めて会ったのは帝国ホテル。
数多くのお見合いをこなすため、たくさんの洋服を用意してありましたが、
その日だけはふと思いつき、イヴ・サンローランのスーツを新調して出かけたことを覚えています。
相手はガラス会社の社長御曹司。腰高で、顔が小さく、誠実そうな人でした。
第一印象は今までのなかで1番良かったんです。
その日はたいした話もできませんでしたけど、うまくいきそうな気がしました。
2回目に会ったのは青山のキラー通り。
今も変わらずある『トラットリア・ラパタータ』というイタリア料理店で食事をしました。
当時のキラー通りは新しいお店がどんどん出て、おしゃれな人たちであふれかえっていた記憶がありますが、
信じられないことに彼の自宅はそのキラー通り沿いにあったんです。
それだけでコロッといきそうになりましたね(笑)。
そして、3回目に会ったときには早くもプロポーズを受けたんです。
そのときだけはなぜか迷いもなく、すんなりと結婚を決められました。
運命ってこういうものなのかな、と思いました。
そもそも結婚だけで自分の人生が決まるとは思っていなかったからでしょうね。
『結婚イコール安定』とは考えられなかったんです。
結婚生活にもそれなりの刺激がなくては続かないと、はじめから思っていました」