このLOVEHEARTS STORYは、院長池田優子が、その生い立ちから医師としての道を歩むまでの紆余曲折の半生を、ノンフィクションライターが綴ったものです。 2002年に発刊された本ですが、多くの女性に勇気を差し上げることができればと思い、ここに掲載させていただきます。

お見合いブーム

合コン続きで忙しい毎日を送っていた池田だったが、人並みに結婚願望はあったようだ。
母親の汎子さんが語る。
「優子には在学中、選りに選りすぐった素敵な男性を28人も紹介したんですよ。
それが1人をのぞいてみんなダメ(最後の1人とはのちに結婚する)。
向こう様はみな乗り気でいらっしゃったのに、娘が勝手な理由で拒絶しまして......
娘におつきあいいただいたみなさまには本当にご迷惑をおかけしたと思っております。
お見合いを紹介するのはさしでがましいとは思っていました。
せめて良い方のもとに嫁にもらわれていけば、なんとか幸せな人生を送れるかもしれないと思ったのでございます」
残念なことだが、池田の人生を知ってしまった今となっては、汎子さんの努力も空回りだったというほかない。
というのも、彼女は大学1年生のときに知り合った先輩とちゃっかり卒業近くまで交際を続けていたからだ。
「つき合っていた当時は、合コンやお見合いのとき以外ほとんどいっしょに過ごしました。
ファッションや遊び方など、いろんなことを彼から吸収しました。
彼はわたしより先に卒業して東京の企業で2年間働いていたのですが、
わたしの卒業前に、実家に帰って家業を継ぐことを決めたんです。
ついてきて欲しいと言われ悩みましたが、結局断ったんです......」
合コンやお見合いのときは、彼に隠して出席したに違いない。
彼が真実に気づいていたかどうかは知る由もないが、そんな"遊び人"だった彼女を必要としてくれた男性なのに、
いったいなぜ?
「地方なんてイヤだったから(笑)。
学生時代のわたしは親の束縛から解放されて調子に乗ってたんでしょうね、
都会でないと生きられないって真剣に考えてたんです」
しかし2、3回ならともかく、結婚する気もないのにどうして28回もお見合いに参加したのか。
「失礼な。きちんと結婚する気はありましたよ。
女優になりたいという夢はまだ捨ててませんでしたが、
女優になれないのなら結婚して幸せな人生を送りたいと真剣に考えてました。
当時は"お見合いブーム"だったんですよ。
駒沢大学から駒沢公園(東京都・目黒区)あたりはお見合い写真撮影のメッカ。
今でも営業していると思いますが、お見合い写真の撮影では知る人ぞ知る「小林写真館」はよくお世話になりましたね。ブームが加熱したせいか、そのころ流行った言葉に『べっぴんも25過ぎればうば桜』というのがあったんです。
そういう言葉を聞いているうちに、わたしもなんだか焦ってしまって、
まだ20代そこそこなのに目じりのしわを気にしちゃったり。
そんなわけで結婚願望は確かにあったのです。むしろ、恋愛結婚にこそあまり興味がありませんでしたね。
わたしらしくないと思うかもしれませんが、
殊勝にも親の紹介してくれる身許のはっきりした男性と堅実な結婚をしよう、なんて(笑)」
池田らしいが、常人にはほとんど理解しがたい身の振りかただ。