このLOVEHEARTS STORYは、院長池田優子が、その生い立ちから医師としての道を歩むまでの紆余曲折の半生を、ノンフィクションライターが綴ったものです。 2002年に発刊された本ですが、多くの女性に勇気を差し上げることができればと思い、ここに掲載させていただきます。

才ある同級生のハナシ

日大芸術学部に異才が多いことはすでにお話したが、池田の身近にも、やはり飛びぬけた才能を隠し持つ友人がいた。
その名は家田荘子。映画化されて話題を呼んだ『極道の妻たち』の原作者であり、
平成三年にノンフィクション作家としてもっとも栄誉ある賞の1つ『大宅壮一ノンフィクション賞』を受賞した、
異色の女流作家だ。
当時の2人をよく知る友人が語る。
「不二家のペコちゃんに似てるから、みんな家田さんのことを『ペコ』って呼んでました。
当時、彼女は愛知県の出身者が住む県人寮に住んでて、赤坂のマクドナルドでバイトしてた記憶があります。
高校時代にテレビ出演したこともあって女優を目指していたのですが、そのわりにはすごく口下手で、
テレビ番組なんかで見かける現在のペコからは想像できないくらい社交性がないコでした。
酒は飲めないんだけど、ひどいチェーンスモーカー。独特の雰囲気を醸し出してましたね。
学校では周りから浮いてて、話すのは池田さんくらい。2人はよくツルんでたと思いますよ。
だけど夜の彼女については、わたしや池田さんも含めて、
あまりいっしょに遊ばなかったのでよくわからないままでした。
どうやら六本木などの黒人街をうろついてたみたいなんですが、
もしかしたらそのときの経験が『俺の肌に群がった女たち』
(六本木の外国人とその周辺の女性をとりあげたルポルタージュ、二見書房)に反映されているのかもしれませんね」
蛇足だが、日大卒業後の家田さんはOL生活ののち、フリーライターに転身。
『極妻』や『代議士の妻たち』で人気を博し、男女の愛と性をあつかった作品をつぎつぎに出版していく。
そのあいだには離婚と結婚を繰り返し、そのたび話題を呼んだ。
最近では突然真言宗(仏教)に入信し、頭髪を剃り尼僧になったことで世間を驚かせた。
家田さんは雑誌のインタビューに答えてこう言っている。
「30歳くらいで守りに入ろうと思ったこともありましたが、
逃げないように自分の尻をたたいてここまでやってきました」
異常なまでに安定した日々を嫌うあたりに、池田との共通点を感じずにはいられない。
類は友を呼ぶというが、池田と家田さんという異色の2人は、出会うべくして出会ったのかもしれない。