このLOVEHEARTS STORYは、院長池田優子が、その生い立ちから医師としての道を歩むまでの紆余曲折の半生を、ノンフィクションライターが綴ったものです。 2002年に発刊された本ですが、多くの女性に勇気を差し上げることができればと思い、ここに掲載させていただきます。

医学部なんていかない!

放たれた虎は戻ってこなかった。
大学受験をひかえ、同級生たちが受験勉強に没入していくなかで、池田の生活は派手になっていくいっぽう。
母親には日ごろの乱れた生活を隠していたつもりだったが、"操り人形事件"以来、2人の関係は最悪だった。
「遊びに行くときに、よく母のバッグをだまって持ち出してたんです。
あるとき母がそれに気づいて「ドロボウ猫!」ってすごい形相で怒られたことがあります。
そういうときでも、建て前ではあいかわらず"きちんと(学校の勉強などやるべきことは)やってる"
ことになってましたから、母の前で本当の自分を暴露して理解を求めることもできませんでした。
しかも受験が近づいてきて、わたしが本当に医学部を受験しないって言うものだから、母はもうカンカン。
思えば高校時代のわたしは、母とコミュニケーションできてませんでしたね。
そもそも母は"織田信長タイプ"で、『泣かぬなら殺してしまえホトトギス』という厳しい人。
無節操だった当時のわたしに対して、生理的な嫌悪感を抱いていたのかもしれません。
反対に父は『泣かぬなら泣くまで待とうホトトギス』という"徳川家康タイプ"だったので、
対立することはほとんどなかったような気がします」
医学部を受験しないことを決意した(というのもおかしな話だ)池田が考えたことはもっと突拍子もないことだった。
「ずっと隠してたけど本当は女優になりたかったんです。それで放送関係がいいかなと。
たんにあまり深く考えてなかったという説もありますが(笑)。
いずれにしても、医学部を受験するだけの学力を持っていないことは自分でもわかってました。
あれだけ遊びまくってたんですから」
最後の最後で進路変更したにもかかわらず、結局倍率33倍の難関をくぐり抜け、
池田は志望通り日本大学芸術学部放送学科に合格した。
日大のなかでも芸術学部は数多くの著名人を輩出している学部だ。
作家の群よう子さん、同じく作家の吉本ばななさん、映画監督の三谷幸喜さん、
アナウンサーの近藤サトさん、俳優の森本レオさん、お笑いタレント『爆笑問題』の太田光さんと田中裕二さんなど、
各業界のなかでも異才が多いのが特徴といえる。
ちなみに池田は高校卒業の土壇場で単位が足りず、
最後は見かねた汎子さんが高校の担任に頭を下げに行くという"おまけ"つきで、
ようやく浦和一女を卒業したのだった。