このLOVEHEARTS STORYは、院長池田優子が、その生い立ちから医師としての道を歩むまでの紆余曲折の半生を、ノンフィクションライターが綴ったものです。 2002年に発刊された本ですが、多くの女性に勇気を差し上げることができればと思い、ここに掲載させていただきます。

整形は人生を「リセット」しない

 池田といっしょに過ごす時間は心地よい。彼女と同年代の女性たちより、
精神的にも肉体的にもずっと若いのに、それを意識することなく自然に若くふるまうからだ。
 そんな彼女も、話が美容整形に及ぶやいなや、表情は他人の人生をあずかる医師の厳しい顔つきに変わる。
「魅力的な女性が増えているのにもかかわらず、わたしのところには『○○さんみたいな顔立ちにして欲しい』だの、
『○○さんみたいなすらっとした鼻筋にして』だのと相談にくる女性が絶えません。
気持ちはわからないでもないですが、わたしはそういう女性たちに対しては厳しく言うようにしています。
『他人のまねごとをしても美しくはなれません』
わたしたちは人間なのですから、顔の造作だけでなく、身体のさまざまな部分がそれぞれ少しずつ違うのは当然。
考えようによってはそういう個人差が欠点のように思えてしまうことがあるのもよくわかります。
十代、二十代の女性がそういう悩みに陥りやすいことも重々承知です。
美容整形にはそういう悩みを解消するだけの力がありますが、
だからこそ個々人がもっとも良い形で美を得られるようよく考えてほしいのです」
 わたしの場合、整形といえばすぐに思い浮かべるのは、小学生のころから大好きだったスーパースター、マイケル・ジャクソンだ。
 類まれな歌声と、天性のリズム感に支えられたダンスパフォーマンスでファンを魅了したマイケル。
ステージの魅力という意味では、彼の右に出るアーティストはいなかったように思う。
しかし、天才はそれだけでは満足しなかった。
ファンがダンスに熱狂しているあいだも、
彼は自分の造作(特に鼻)が黒人型であることに対する怒りと悲しみに打ちひしがれていたのだった。
 マイケルは麻薬中毒者のように、無茶な整形とその補強を繰り返し続けた。
ついには無理がたたって、ステージパフォーマンスのさなかに整形した鼻が崩れ落ちるという悲劇にまで発展した。
それでもマイケルは整形をやめようとしない。というよりは、むしろやめられないのかもしれない。
彼は明らかに「手術さえすればどんな顔にでもなれる、いくらでも美しくなれる」という誤解をしている。
マイケルの存在があったから、わたしは美を獲得する手段としての整形に、長いこと疑念を抱いてきた。
 そんなわたしに対して、池田はしばしば、整形することじたいが人生をバラ色に変えるのではないと強調する。
「整形することで絶対的な"美"を得られるわけではないのです。
見かけはもちろん変わりますが、なにより自分は変わったという事実を物理的に確認できることが大切。
なぜならそれによって自信がつくからです。まずは、気になって仕方がない自分の身体に対するコンプレックスから解放される。
リラックスして心を研ぎ澄まし、そこからはじめて自分の内面を磨いていく旅が始まる。
その旅のなかでこそ、人は美しくなっていくというのがわたしの持論です。
『外面だけ磨こうとする人は美しくはなれません』
整形だけで人が美しくなれるとはけっして思いませんが、
個々人がそれぞれの美を発見するきっかけをつくることは十分可能だと信じています」
 成人女性の六割以上が、自分の身体のどこかしらにコンプレックスを抱えているというデータがある。
誰もが抱えるこのコンプレックスを解消することが美しくなるための第一ステップだというわけだ。