理想の父親~LOVEHEARTS STORY~

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池田優子のLOVEHEARTS STORY

このLovehearts Storyは、院長池田優子が、その生い立ちから医師としての道を歩むまでの紆余曲折の半生を、ノンフィクションライターが綴ったものです。
2002年に発刊された本ですが、多くの女性に勇気を差し上げることができればと思い、ここに掲載させていただきます。

理想の父親

彼女がその病弱な身体の内部に毎日眺めていたのは、点滅しながら輝きを増していく激しい情念である。
それはともすれば奔流となってあふれ出ようとする。が、それを抑える意志に、彼女の生活があった」
(江藤淳『「嵐が丘」断想』、中央公論社)

池田優子は茨城県・古河市で生を受けた。
歌手・森高千里のヒット曲で一躍有名になった清流・渡良瀬川が郊外を流れる美しい街だ。
父親の実さんは地元では有名な産婦人科医、
母親の汎子さんは皇后・美智子さま(正田家)の遠縁にあたる良家・秋山家の血筋。兄弟は兄が1人。
五歳年上で、現在父親の跡を継いで古河市の「小林医院」を守っている泰彦さん。

父親の実家である小林家はもともと清和源氏の流れをくむ武家の源の血筋。
数々の合戦に敗れ、いまの埼玉県加須市に流れついたのち再び勢力を取り戻し、有力な地方の長になったと伝えられる。
加須市内に広大な土地を持っていたが、戦後の農地改革でそのほとんどを失った。
それでも伝統ある家屋と茨城県にあった古河城から拝領した600年の歴史を持つ城門、
美しい花々がみだれ咲く15,000平米の敷地は小林家の手許に残った。

幼少時代を、しばしばこの広い庭園で過ごした池田はこう話す。
「お花のなかではダリアが一番好き。
今でもダリアを見かけると、あの広かったお庭で父親に遊んでもらったころのことを思い出すからです。
ダリアだけではなく、いろんな花が咲いていました。15,000平米なんて数字は大人になって知ったこと。
あのときは小さかったから、「この庭はどこまで続いてるんだろう」って真剣に考えてましたね。
庭に立って上を見あげると、その当時は遮るものがなにもありませんでしたので、
ただただ広くて青い空が広がっていた......あの空のように広い心をもった、大きな人間になりたいと幼心に思った記憶があります」

戦後の小林家を実質的に支えていたのは、次男坊だった池田の父親である実さん。
東京医大を卒業したのち、小林家の敷地内で産婦人科を開業した彼の収入に、親族のみなが群がった。
家を守るはずだった長男は小学校教諭として浦和市へと離れていった。
母の面倒を見ねばならなくなったうえに、妹が家族ともども転がり込んできたために心配ごとも増えた。

新妻だった当時の汎子さんは、夫に頼りきりのわりには独裁者気どりだった義母・阿いさんと、
いまいち反りが合わなかったようだ。
我慢の限界に達した彼女は、夫にも加須市を出ることを勧めつつ、
三歳だった兄の泰彦さんを連れて小林家を飛び出していった。
実さんは悩みに悩んだが、ついに汎子さんを追って家を出た。
黙っていれば保証されるはずの安定と尊敬を捨てて。

「父は次男だったにもかかわらず、加須の実家に残れば小林家の財産を相続できる約束を取り付けていたらしいんです。
それなのに、親族と噛み合わずに家を飛び出した母と兄のためだけに、意を決して家を出たようなのです。
物心ついてから、当時はほとんど無一文の出発だったことを聞かされました。
だけど祖母を見捨てたわけじゃありません。古河に移住してからも、何度も父と一緒に加須の家に行きました。
父は祖母が自分を必要としていることをきちんとわかっていたんでしょうね。だれに対しても優しい人でした」

茨城県古河市への移住後も、実さんは家族を養うため猛烈に働いた。
「小林医院」への信頼と評判は高まり、小林家はふたたび資産を築きあげていったのである。

そんな父親について池田はこう語る。
「父は大変な努力家でしたし、また良い父親でした。
開業医、しかも産婦人科ですから、ほとんど昼と夜の区別がありません。
常人なら疲れきって、たまに休みがとれても子供にかまう時間などないようなものです。
なのに父は週に1度は時間を見つけてドライブに連れて行ってくれました。

父の愛車はポルシェ。
もちろん小さなころはポルシェの価値なんかわからなかったけど、とにかく車に乗る父は格好よくて好きでしたね。
よく日本橋の三越に連れて行ってくれました。お願いすればなんでも買ってくれたと思います。
よく覚えているのは三越7階の特別食堂でときどき食べさせてもらった牛タンシチュー。

特別食堂の目玉といえば『お子様ランチ』なんですけど、
マセガキだったわたしはタン(舌)シチューを注文して大人ぶってました。
それに食後のカットメロン。父がいくらでも食べていいというから、いつも5、6回はおかわりしてました。
父は無邪気に喜ぶわたしの笑顔を見るのが好きだったみたいですが、いま思えば、私もそんな父の喜ぶ姿が見たかったのでしょうね(笑)。
結局なにが言いたいかといえば、父は私のためなら惜しげもなく、労力も時間も使ってくれたということなんです。
わたし自身、父の愛を一身に受けていることを幼心に感じていたと思いますね」

苦労人とはいえ、少々子供を甘やかしすぎる父親のようにも思える。
ところが、それはけっして間違いではなかった。もしかすると計算ずくのことだったのかもしれない。
母親の汎子さんは、父親とは正反対で、池田が幼いうちから厳格な英才教育を施そうとしたからだ。

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